くらしのこと市

HOME > くらしにエッセイ : 第4回 わが家のおでん

くらしにエッセイ


わが家のおでん




我が家のおでんは「静岡おでん」というらしい。
これまでずっと全国共通のふつうのおでんだと思っていた。
「静岡おでん」という単語を初めて聞いたときはピンとこなかった。
「土地+料理名」の名前のグルメは1度食べてみたいと思わせる魅力がある。例えば、札幌ラーメンや
沖縄そばなど自分の住んでいる土地とは全く違う生活をしている人たちが食べるものは、どんな味付けや
工夫があるのだろう。訪れたらぜひ食べてみたいと思う。それに比べて静岡おでんというものは、なんだか
パッとしないなと静岡県民の私は思う。
静岡では、おでんは昔から家の食卓以外でも登場するものだった。
駄菓子屋ではおでんの鍋があるのは珍しいことではなく、おやつの立ち位置としておでんがある。静岡市の
おでん街では昔からスープを継ぎ足して伝統を守っているお店が軒を連ねている。夜になると妖しく提灯が
灯り、女将とおじさんたちの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。大人も子どももおでんが大好きだ。



静岡おでんの特徴は、牛すじでとったスープで黒っぽい。特に長年継ぎ足されているお店のスープは
真っ黒に近い。おでんのタネもスープが染み込んで黒くなり、味が濃くしょっぱい。しかし、それが
お酒によく合うのだ。串に刺さったタネを甘い味噌やカツオなどのだし粉と青のりを好みでかけて食べる。
静岡ならではのタネは黒はんぺんというもので、白はんぺんは入っていない。
白はんぺんがサメを主な原料として、長芋を混ぜているために白色に仕上がるのに対して、黒はんぺんは
サバやイワシを主原料に、皮や骨ごとすり身にしているために黒っぽい色をしていて分度器のような
半円型のものが一般的に販売されている。
白はんぺんは食卓にのぼったことがないし、外食したときも白はんぺんのメニューを見たことがない。
覚えている限り、私が白はんぺんを食べたのは1度だけ。
高校生のときに友人がコンビニでおでんを買ったときのこと。
私は友人が白はんぺんを買ったことに驚いた。母から「白はんぺんは美味しくない」と言われてきたからだ。
私が「美味しいの?」と尋ねたら、白はんぺんを食べたことのない私に友人が驚いて、分けてくれた。
そのときの衝撃と言ったら…。ぺっちゃんこの黒はんぺんに対して、白はんぺんのあのふわふわな生地!
生まれて初めて食べた白はんぺんはとても美味しいものだった。どうして母はあんなこと言ったのだろう。
不思議だ。
しかし、それからは食べていない。白はんぺんは美味しいものだとわかっていても食べる機会がないから。

寒くなると母はよくおでんを作ってくれる。小学生の頃、「明日はおでんだよ」と言われると、とっても
嬉しかった。仕込みの終わった鍋の中には、まだ真っ白の大根や卵などのいつものタネがスープに浸かっている。
具材にスープを染み込ませるため1日おいておくから、次の日の夕飯までが待ち遠しかった。
いよいよ食卓へあがる日には「今日の夕飯はおでん!」と友達に自慢していた。
冬の冷たい風が顔に当たる中を急いで家へ帰った。

今だって、おでんと聞くと心躍る気持ちは変わらない。
おでんの美味しい季節が待ち遠しい。


The Essayist's Profile
米澤あす香 1988年生まれ。ARTS&CRAFT静岡スタッフ。
書くことが自分の表現になることを目指しています。
誰かにとって丁度いい言葉ではなく、見たこと、聞いたこと、感じたことを咀嚼して
自分の言葉で伝えていきます。

※エッセイのご意見・ご感想は shizuoka@tezukuriichi.com までお寄せ下さい。


これまでのエッセイ

第1回 わたしの朝ごはん
第2回 今日もお茶をいれる
第3回 はやく、あいたいな
第4回 わが家のおでん
第5回 これくらいの お弁当箱に
第6回 暮らしのこと