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くらしにエッセイ


はやく、あいたいな


小学生のときに友達に弟や妹が生まれると羨ましかった。お姉さんになった友達は、抱っこして
あげたり、鼻水を拭いてあげたり世話を焼いていて、小学生ながら自分よりも小さい子を守って
いるようだった。
みんなどんなふうに新しい家族を待っていたのだろう。お母さんのお腹が日に日に大きくなる
からお手伝いをしたり、母子手帳やエコー写真を見ながら楽しみだねと話したり、一緒に名前を
考えたりしていたのかな。
私は次女で、従兄妹の中でも末っ子なので、いつも私の姉と従兄妹のお兄さんやお姉さんに
遊んでもらっていた。自分より小さい子と遊んだり、お世話をしたりということがなかったから、
私は今でも小さい子をあやすのが得意ではないかもしれない。


新しい家族が増えるということが私には未知なことだった。
それが、姉に子どもが出来て私に姪っ子か甥っ子ができるのだ。


お腹がだんだんと大きくなっていくこと、今まで食べていたものが食べられなくなったこと、子どもが苦手だった姉がお腹の子に話し掛けるようになった。父がおじいちゃんに、母がおばあちゃんに、私がおばちゃんになること…今までの暮らしで当たり前のことだったようなものが、不思議に、でも自然に、形を変えていった。
この8ヶ月間、まだ見ぬ小さな存在が私たち家族をいつも心穏やかにしてくれた。


私が姪っ子と甥っ子に思いを馳せているのに、姉は出産がこわいと言っている。
早く子どもに会いたいとか楽しみな気持ちよりも、今は子育ての責任や出産自体に不安がある
そう。これが、マタニティーブルーというものなのだろうか。でも、初めての出産に不安な
気持ちになることは当たり前なのかなと思った。
そうしたら祖母が「あんた、犬だって猫だって子どもを産むんだから、あんたが産めなくて
どうするのよ!」と、きっぱりと言った。犬と猫と同じにされた姉は「そうだよね」と笑った。
80年も人生を歩んできた、母親としての大先輩のどっしりとした言葉は姉を少しは安心させた
と思う。


この間、母と姉と私ランチをしたとき、8ヶ月の大きなお腹になった姉は駅から徒歩10分の
距離が歩けずにタクシーを使った。こんなに動けなくなるものかという驚きと、確実にそのとき
が近づいていると思いながらも、まだ少し実感がわかない気持ち。今思うとあれが3人で
出掛けた最後になるのかもしれない。
姉が結婚してからも、母と姉と私でよく遊びに出かけた。
3人で休日にランチに行き、新幹線で東京・雑司が谷の手創り市へも遊びに行った。
これからは4人になる。今までランチをしていたお店はベビーカーでは入れないし、おむつや
着替えで荷物は多くなるし、静かなお店には入りづらいし、新幹線に乗って遠出をすることも
しばらくはないのかもしれない。
寂しい気持ちはなくはない。だけど、きっと愛らしい子の手を引いて歩けばそんなことも
忘れるのだろう。


カウントダウンが始まっている。
はやく、あいたいな。


The Essayist's Profile
米澤あす香 1988年生まれ。ARTS&CRAFT静岡スタッフ。
書くことが自分の表現になることを目指しています。
誰かにとって丁度いい言葉ではなく、見たこと、聞いたこと、感じたことを咀嚼して
自分の言葉で伝えていきます。

※エッセイのご意見・ご感想は shizuoka@tezukuriichi.com までお寄せ下さい。


これまでのエッセイ

第1回 わたしの朝ごはん
第2回 今日もお茶をいれる
第3回 はやく、あいたいな
第4回 わが家のおでん
第5回 これくらいの お弁当箱に
第6回 暮らしのこと